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岐阜地方裁判所 昭和46年(ワ)162号 判決 1974年6月24日

原告 古田紋一

右訴訟代理人弁護士 林武雄

被告 井藤大徳

同 河村一郎

右両名訴訟代理人弁護士 林千衛

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1、被告らは原告に対し、各自金八〇六万六三六〇円とこれに対する昭和四五年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2、訴訟費用は被告らの負担とする。

3、仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1、(当事者)

(一) 原告は、岐阜県可児郡可児町広見瀬田に新大桜炭鉱という名称で、次の鉱業権を有している。

(イ)登録番号 岐阜県採掘登録第八〇七号

(ロ)鉱種名 亜炭

(ハ)面積 八四五アール

(ニ)設定登録年月日 昭和三二年五月二〇日

(二) 被告井藤大徳は、右原告の鉱区に隣接する鉱区において、河村炭鉱という名称で亜炭の鉱業権を有しており、被告河村一郎は被告井藤の鉱業代理人として、右鉱業権の一切の行使をしている。

2、(責任原因)

(一) 右新大桜炭鉱と河村炭鉱は分割鉱区であって、国保有の保安炭柱がないため、採掘施業案につき名古屋通商産業局長の認可を受けるにあたり、両炭鉱の鉱区の境界を中心に両炭鉱とも各五間宛の区間を非採炭区間と定め、これを保安炭柱とした。

従って、原・被告双方は、右一〇間の保安炭柱を保って採掘すべき義務がある。

(二) ところが、河村炭鉱の採炭夫は、昭和四〇年三月二〇日ころ、河村炭鉱側の保安炭柱五間を採掘したばかりか、新大桜炭鉱側の保安炭柱五間を侵掘して、新大桜炭鉱の採炭切羽に貫通した。

3、(損害の発生)

(一) 名古屋鉱山保安監督部は、昭和四〇年四月二〇日、現地を合同測量し、被告側の施業案違反を認め、被告は同保安監督部長の指示により、諸経費を負担して、新大桜炭鉱に防水ダムを施工した。

(二) しかしながら、防水ダムは、当初よりの一〇間距離の法定の保安炭柱が堅固であるのに比し、一度侵掘された保安炭柱に設けられたもので、コンクリートと保安炭柱との接合部分からの浸水を完全に防ぐことは不可能である。

(三) 河村炭鉱の鉱区は、これと隣接する柿田地区と瀬田地区の水没鉱区と第一層において貫通していたため、河村炭鉱の水圧が増し、前記被告が不法侵掘した防水ダム付近から新大桜炭鉱の鉱区内への浸水が多くなり、新大桜炭鉱の鉱区では著しい排水費用を要した。

その後、河村炭鉱は休山したため、その鉱区内には水が充満し、その水圧により前記防水ダムの保安炭柱付近からの浸水が激化した。なお、右防水ダム付近以外の河村炭鉱と新大桜炭鉱の間の保安炭柱部分から浸水することはなかった。

(四) 原告は、昭和四〇年から新大桜炭鉱の第四層の開発に着手し、第四層開発のため電気・機械設備及び工事費等二〇〇万円以上の経費を要して、採炭の出来るまで完成していたものであり、第四層の採炭量は約八万トンであって、昭和四〇年から五ヵ年間は採炭・販売の可能な炭鉱であった。

(五) 原告は、右浸水のため、昭和四〇年一二月名古屋鉱山保安監督部長より採炭夫の入鉱禁止命令を受け、新大桜炭鉱は、同月二八日廃鉱のやむなきに至った。

(六) 右によって、原告の蒙った損害は、別紙No.1~No.5に記載のとおりである。

4  よって、原告は被告らに対し、民法七一五条一項、二項に基き、各自金八〇六万六三六〇円とこれに対する不法行為後である昭和四五年一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否(被告ら)

1、請求原因1は認める。

2、同2のうち、(一)は認めるが、(二)は争う。

仮に、被告らに雇われた採炭夫が新大桜炭鉱の保安炭柱を侵掘したとしても、その侵掘部分はせいぜい一間半の距離であった。ところが、原告側でも保安炭柱を三間半以上侵掘していたため、たまたま貫通するに至ったものである。

3、同3については、(一)のうち原告主張のころ被告側で防水ダム工事をしたことのみ認め、その余はすべて争う。

原告は防水ダムの効用を過少評価している。名古屋鉱山保安監督部長は、防水ダムによる避水設備の施工と両鉱区間の保安炭柱の厚さの確認を河村炭鉱側に実施させ、その後の追跡調査により両工事が実施されていることが確認されているから、しかく効用のないものではなかったはずである。

なお、新大桜炭鉱への浸水の事情は次のとおりである。即ち、原告が経営(少なくとも実兄某の鉱業代理人として)していた大桜炭鉱(柿田地区)が落盤し、原告のこれに対する対策が不備であったため、順次付近他鉱区内に浸水が甚しくなり、日章炭鉱等数鉱区が、まず排水組合を結成し、やや遅れて田中炭鉱(第二鉱区)等数鉱区(新大桜炭鉱もその一員であったと思われる。)が同じく排水組合を結成し、排水につとめたがこれを防止することができず、このため被告らの河村炭鉱にも浸水があり、河村炭鉱は昭和四〇年六月ころ廃鉱のやむなきに至り、その後新大桜炭鉱にも浸水したものである。

右のとおり、原告主張の浸水の原因は原告にあるが、仮にそうでないとしても、右浸水は不可抗力というべきである。

4、同4は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一、請求原因1については当事者間に争いがない。

二、(責任原因について)

1、責任原因のうち、(一)については当事者間に争いがなく、(二)については≪証拠省略≫を総合すると、河村炭鉱の採炭夫は、昭和四〇年三月上旬ころから新大桜炭鉱との間の保安炭柱であることを認識しながら河村炭鉱の第一坑、第三層の南東部で採掘するうち、新大桜炭鉱との間の保安炭柱を採掘し、昭和四〇年三月二三日には新大桜炭鉱の第三層の切羽にまで貫通せしめた事実を認めることができる。これに反し、被告河村一郎本人は、新大桜炭鉱の側でも保安炭柱を採掘し、このため貫通した旨の供述をするが、これは前記各証拠に照らし採用できず、そのほか右認定に反する証拠はない。

2、右事実によれば、河村炭鉱の採炭夫が新大桜炭鉱との間の保安炭柱を採掘し、同炭鉱に貫通させた行為は、事業の執行につきなされた不法行為というべきであるから、その使用者である被告井藤大徳及びその鉱業代理人として事業の監督をしていた被告河村一郎は民法七一五条一項、二項により右不法行為によって原告の蒙った損害を賠償すべき義務がある。

三、(損害の発生について)

1、当事者間に争いのない事実、≪証拠省略≫を総合すると、

(一)  河村、新大桜両炭鉱のある瀬田地区においては、東方の炭鉱からの第一層の浸水に対処するため、河村、新大桜の両炭鉱をふくめた一三の炭鉱で排水組合を結成し、互いに協力しあって排水にあたっていたが、その一つである松本炭鉱が休山したのをきっかけとして、同炭鉱と避難坑兼通風坑で順次貫通していた椿山、神崎、山陽、新三築、新松本の各炭鉱は、右松本炭鉱が休山したことにより排水されない水が流入してくることが予想されたため、昭和三九年一〇月ころには相次いで休山し、その後右各炭鉱には各層とも水が充満しつつある状態にあった。

(二)  河村炭鉱は、右休山した炭鉱のうち新三築炭鉱の東側に隣接していたが、右新三築炭鉱からの浸水によって昭和四〇年四月ころ実質的に休山した。

(三)  河村炭鉱では昭和四〇年五月ころ、昭和四〇年四月一六日付の名古屋鉱山保安監督部長の指示により新大桜炭鉱側の保安炭柱部分に防水ダムを設置し、そのほか河村、新大桜両炭鉱間の保安炭柱の厚さを確認し、鉱山保安監督部より追跡調査を受けてその確認も得た。

(四)  保安炭柱を採掘し、隣接する炭鉱に貫通した場合、その箇所に防水ダムを設置しても、コンクリートで出来た防水ダムの本体部分と亜炭層とを完全に接着することは困難であり、一方の炭鉱に水が充満してくれば、右防水ダムと亜炭層との接着部分からの浸水があり得、本件防水ダムの場合も、河村炭鉱が廃鉱となったころから、防水ダムと亜炭層との接着部分に浸水がみられたものの、そのほかの部分からの浸水もないわけではなかった。

(五)  新大桜炭鉱では、右防水ダムにパイプを通し水圧計をとりつけて河村炭鉱側の水圧を測定したところ、その水圧は徐々に高まっており、水が充満しつつある状態にあった。

(六)  新大桜炭鉱では、従来昼間だけ動かしていた二インチの排水ポンプを夜間も動かして排水していたが、益々浸水が増加したため、同八、九月ころからは、あらたに三インチのポンプを増設して排水にあたった。

(七)  ところが、新大桜炭鉱へは依然浸水が増加し、人命に危険があるということで、昭和四〇年一二月末名古屋鉱山保安監督部から入鉱禁止命令を受けたため、昭和四〇年一二月二八日廃鉱するに至った。

(八)  その後、昭和四一年一月ころ、新大桜炭鉱と避難坑兼通風坑で貫通していた新第一、地円の両炭鉱も新大桜炭鉱からの浸水が予想されたため廃鉱となり、瀬田地区の炭鉱はすべて廃鉱となった。

(九)  他方、保安炭柱が完全に存在する場合であっても、周囲の炭鉱に水が充満してくれば、亜炭層、断層等からの浸水、あるいは地下水の増加があり得、前認定のとおり新大桜炭鉱の周囲の炭鉱はほとんど水が充満しており、しかも東方の炭鉱からの浸水は継続していたものと考えられるので、河村炭鉱との間の保安炭柱が存在し、河村炭鉱から新大桜炭鉱に亜炭層がやや高く傾斜していることを考慮しても、新大桜炭鉱へは亜炭層等からの相当多量の浸水もしくは地下水の増加があったものと推認される。

(十)  保安炭柱が完全に存在する場合の浸水量と、防水ダムの場合の浸水量の比較については、防水ダムの方が浸水量が増加するであろうことが推測しうるにとどまり、どの程度増加するかを把握することは困難である。

(十一)  新大桜炭鉱をとりまく周囲の炭鉱は、そのほとんどが避難坑兼通風坑で貫通しているとは言え、昭和四一年一月ころまでにはすべて廃鉱となった。

(十二)  河村炭鉱とその西側に隣接する新三築炭鉱との間には、第三層では保安炭柱が存在したと認められるところ、河村炭鉱は、昭和三九年一〇月ころ新三築炭鉱が休山してから約六ヵ月ほど経過した昭和四〇年四月に浸水によって休山している。

なお、新大桜炭鉱は、前認定のとおり、河村炭鉱が休山となってから約九ヵ月ほど採炭している。

(十三)  右河村炭鉱のほか、新大桜炭鉱の周囲の炭鉱で、保安炭柱が完全に存在したままの状態で採炭を継続した例のないこと等の事実が認められる。

2、証人古田皓喜、原告本人は、新大桜炭鉱への浸水は防水ダム付近からのものであり、そのほかの浸水は従来の排水設備により処理し得、保安炭柱が完全に存在したとすれば、前記新大桜炭鉱の廃鉱時期は五年程遅くなった旨供述をするが、右供述は前認定の諸事実に照らしたやすく採用できず、そのほか右供述に添う証拠はない。

3、以上によれば、新大桜炭鉱は、保安炭柱が完全に存在したとしても、周囲の炭鉱に充満した水の浸水により、早晩、廃鉱となる運命を免れえない状況にあったもので、その時期は蓋し、同炭鉱が廃鉱となった昭和四八年一二月二八日当時ないし、これと近接するその頃であったと考えられる。河村炭鉱の採炭夫が保安炭柱を採掘し、新大桜炭鉱に貫通したことにより新大桜炭鉱への浸水が起り、これが原因となって同炭鉱の廃鉱時期が早められたものと明確には認めることはできない。結局本件においては、不法行為と損害との間の因果関係につきその証明がないものというべきである。

四、(結論)

以上の説示によれば、原告の請求は理由がないので、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川正夫 裁判官 安江勤 裁判官山口忍は転任につき署名・捺印できない。裁判長裁判官 石川正夫)

<以下省略>

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